はじめに
私の娘は、生後わずか2週間で「ウイルス性髄膜炎」と診断されました。 あの時、絶望の中にいた私から、今同じ境遇にいる方に伝えたいことがあります。大丈夫、私の娘は今、1歳7ヶ月。大きな後遺症もなく、とても元気に過ごしています。
これは、あの日、無力感に震えていた私と娘の記録です。

「ただの不機嫌」だと思っていた、新生児の異変
産後、2歳の息子を連れて実家へ里帰りしていました。お盆の来客が落ち着き、ようやく休めると思った日のことです。
いつもより母乳の飲みが悪い。なかなか寝ない。泣き止まない。 「今日は母乳の出が悪いのかな?」「機嫌が悪いのかな?」 その程度にしか思っていませんでした。
異変に気づいたのは、帰宅した父の一言でした。 「身体が少し熱い気がする」
測ってみると、38.5度。 そこから、私の長い一日が始まりました。
相次ぐ「診られません」の回答、遠い病院への搬送
近所の産婦人科には「新生児の熱は診られない」と断られ、出産した病院からは「総合病院へ行くべき」と言われました。ようやく受け入れてもらえたのは、車で2時間もかかる遠方の総合病院でした。
車中、泣き続ける娘を抱きながら、自分を責め続けました。 「熱があるのに、どうして気づかなかったんだろう」 「なんとか無事でいて。助かって」
病院に着くと、すぐに血液検査やレントゲン、あらゆる検査が始まりました。
母として一番辛かった、9時間の絶食と「指」
検査のために頭を動かしてはいけなかった娘。 お腹がすいて泣き叫んでいるのに、母乳もミルクもあげることができません。最後に口にしてから、すでに9時間が経過していました。
私の胸はパンパンに張り、痛みが増していく。それなのに、泣いている我が子に何もしてあげられない。 「指をなめさせてあげて」
医師にそう言われ、小さな口に自分の指をくわえさせることしかできませんでした。その時の無力感、胸が張り裂けそうな思いは、今も忘れられません。

「私が代わりたい」消えない後悔と自責の念
診断結果は「ウイルス性髄膜炎の疑い」。
【ウイルス性髄膜炎とは】 脳や脊髄を包む膜にウイルスが入り込んで炎症が起きる病気です。細菌性と違って抗菌薬が効かないため、基本的には点滴などで症状を和らげながら、赤ちゃんの自力で治る力を信じて待つことになります。
頭が真っ白になりました。後遺症の可能性も否定できないと言われ、涙が止まりませんでした。
「頭が痛くて泣いていたのに、私は寝かせようと頑張っていた。最低な母親だ」 「私が代わりたい。こんな痛い思いをさせてごめんね」
当時、上の子は保育園に通い、上の子も夫も少し風邪気味でした。 「もし保育園に行かせていなかったら」「もし夫にすぐ病院へ行かせていたら」 タラレバを繰り返しては、自分を馬鹿だと責め続けました。
慣れない実家で、母のいない生活に耐えている2歳の息子のことも、早く抱きしめたくてたまらない1週間でした。
1歳7ヶ月になった今、伝えたいこと
幸いなことに、娘は早期に治療を開始できたため、経過は良好でした。 予定通り1週間で退院し、その後は1歳まで定期的に総合病院へ通い、発達の様子を見守ってきました。
今、娘は1歳7ヶ月になります。 順調に成長し、あの日のことが嘘のように元気に過ごしています。
「生後半年までは、お母さんからの免疫があるから風邪を引きにくい」 私もそう信じていました。
でも、現実は違いました。
今回の経験を通して、私が心に深く刻んだことがあります。
- たとえ生後間もなくても、少しの風邪症状を軽視しないこと
- 子どもの「いつもと違う」という小さな変化を見逃さないこと
- 少しでも気になることがあれば、迷わず専門家に相談すること
あの時、娘の異変にいち早く気づき、「体が熱い気がする」と言ってくれた父には、感謝してもしきれません。もしあの一言がなければ、もっと手遅れになっていたかもしれません。
「うちの子に限って」なんてことはありません。 どうか、自分自身の「直感」を信じてあげてください。
あの日の私のように、一人で泣いている誰かの一歩が、少しでも軽くなりますように。


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